多様性 ~苦手な食材に例えて~

食材の中で、私はしいたけが苦手だ。
噛んだ時に滲み出る汁の味が受け入れられない。
だからといって食卓にしいたけが上がった時に、残すことはしない。
しいたけの栄養は知っているし、どのような気持ちで食べようが、しいたけの栄養は私の体内に入って有効に作用する。大げさに言えば、しいたけのお陰で私の体は健康でいられる。
また、しいたけの味は苦手だけど、形は面白くて好きだし、菌類という生態も興味深い。
キノコの図鑑も買いたいくらいだ。
しいたけの味だけが苦手だからといって、しいたけを根絶やしにしようとは考えない。
多様性とは、こういうことだと思う。
読んでくれてありがとう。

人生はババ抜き ~多様性の中での自分らしさ~

とある企業の広告で、「ホワイト企業からカラフル企業へ」というコピーが用いられていた。多様性を象徴しているいいコピーだと思う。
では、多様性とは何か、私はトランプに例えて考えてみようと思う。
自分が普通だと思っている人にこそ、一度は考えてほしい。
自分は果たして「普通」だろうか、と。
人間は産まれると同時に色んなカードを配られる。
人間であること、両親、家庭環境、富、性格、性別、病、国籍、等々。
死ぬまでの間、そのカード1枚1枚吟味して、どのように使いこなしていいのかを学んでいく。
そして、人と人とが接する時、人は、お互いに配られたカードを使ってババ抜きをするのだ。
お互い見合って、カードの内、共通のカードを探し、ペアを作り、自分達のカードから抜いていく。共通のカードが多ければ多いほど安心できる。
人は、無意識の内に、このババ抜きを瞬時に行い、人間関係を作っていく。
よく、「最近の若いモンは~」という決まり文句が聞かれる。これは、自分と若者との間でババ抜きをした結果、年齢というカードが残ったことを意味する。
人は、相手との間の最も大きな違いに文句を言うことが多い。
こうして自分の所属するグループ毎にババ抜きをしていくと、1枚だけ残ってしまうカードが出てくる。どんな人にもきっとある、共通でないカード、それがババだ。そのババがあると、所属感がなくて、とても苦しい。
でも、ここで気付けばいいのだ。ババは裏返せばジョーカーに変わる。
ジョーカーは、どんな場合にでも通用する奥の手のカードだ。
誰とでも共通でないということは、オンリーワンであることを意味する。
それを使って社会や世界に貢献したり、価値として提供できたら、とてもステキなことではないだろうか。
ひとりひとりの持っている価値が認められる世界であるなら、どんなに素晴らしいだろうか。
人間は、社会性動物で、群れを作り生きている。集団生活を営む上で、どんな人にも等しく能力が備わっていると皆が理想を持っている。また、社会を作っていく上で、どこのグループに所属しても労働力を提供できるようにするために、同じ資質や能力を持つこと、即ち「普通」であることが求められる。
ある程度必要なことだが、昨今の人々の状況をみていると、普通であることに潰されてしまっている人が多すぎるように思えてならない。
これから先、人工知能やロボットが普及してくる。普通というのはいずれロボットがやってくれる。
どのみち、日本の人口は減っているので、経済を回すためにも、労働力を確保するためにも、外国籍の人や体のパーツが少ない人や遺伝子の数が少ない人、長く生きた人たちに活躍してもらう時が来るだろう。
そうなった時に、彼らのジョーカーを認める自分でありたい。
読んでくれてありがとう。

みんなが生きやすい社会~熱中症の事故を受けて~

虫、花、犬、赤ちゃん、お年寄り、車椅子の人、子供、大人、全ての人が快適に生活することができる社会に、インターネット環境は必須だと思う。
熱中症で幼い命が失われた。小学校にもエアコンを設置すべきだという声がよく聞かれるようになった。ここで、時間を早送りして、全国の小学校にエアコンが設置されたという未来の予想をしてみる。
エアコン設置に伴って室外機が小学校に置かれる。運動場側に室外機は置けないので、きっと校舎裏に設置されると思う。そうすると、どうなるだろう。夏の暑い日に、1日8時間以上、今まで屋外に排出されなかった熱が全国の小学校から排熱されることになる。学校の周りの気温は、どうなるのだろうか。きっと今まで以上に暑くなってしまうに違いない。今度は小学生ではなく、その時間帯に外にいる散歩している幼稚園の子や公園のベビーカーの子、ひょっとしたら犬や猫が熱中症で命を落とすかもしれない。
学校のみならず、至る所のエアコン設置によって、室内外の温度の差が激しさに拍車がかかる。今現在、外出する時は、日焼け止めを塗って、水分補給用の水筒を持ってと、ここが別の惑星かと思えてしまうような状態だ。
ここで、私は社会全部をエアコンのようなもので冷やせばいいと考えた。
その役目は、木々や小川に任せる。
人間が一箇所に集まりすぎて、一箇所を集中して冷やそうとするから弊害が起こる。インターネット通信を利用して、一箇所に集まらなくても仕事生活が営めるように工夫すればいい。これによって、人間の住む場所を全国に散らばせる。そうすれば過疎化も防げる。そして、空いた空間に木々を植え、小川を作って、もっと森のような街を作っていけば、全体の温度は下がるのではないか。
こういった社会に必要なのは、インターネット通信や人工知能だ。
未だにこういった情報技術をうまく使えず、その弊害が取りあげられるのが悲しい現状だ。人間の生み出した知恵や技術は、世界と共存するため、よりよくするために使われるものだ。
ネットによって人との距離を離して、間に自然を入れることで自然と共存する。そうすればもっと良くなるのではないか。
合わせて、人間が人間と接するときは何をすべきなのか、じっくり考える必要がある。
今までは不便さによって他人と接するのが当たり前だった。これからは、機械がやってくれるようになり、一人で大体のことはできてしまう。
大昔は人が読み上げてくれる紙芝居、昔はテレビの前に家族集合、今では好きな時間に好きな場所でスマートフォンの動画だ。
だれかと接する時には何をするのか、ここに気づかないと来るべき人工知能社会に溺れてしまうような気がしてならない。
読んでくれてありがとう。

我々はどこから来て、どこへ行くのか?

よくSFのお話の中で、宇宙船で旅をする描写がある。
その中では、母星を求めていたり、移住先を求めていたりする。
そして、限りある船内の空気や食料を心配する描写もされる。
地球に住んでいる我々も、同じなのでは?
我々は本当は、太陽の周りを暫定的に周回している船に乗っている、移民集団なのではないのか?
宇宙船地球号とはよく言ったものだと思う。
そう考えると、空気とかオゾン層とか、資源の残りについて、急に心配になってくる。杞憂。
宇宙船地球号に乗っている我々は、一体どこに向かっているのだろう。
ひょっとしたら、我々生命体は、宇宙のどこからか旅して来て、今この時に、今この場所に、少しの間、留まっているだけかもしれない。

我々は地球上に発生した生命の内、地上に住まうように進化した生き物だ。
産まれてから、宇宙のことなんか普通考えない。水の中から陸地を夢見ていた魚のように、地上から宇宙を夢見てる人は、変わり者に思われるだろう。
なぜなら、多くの人は自らの所属を知らず知らずの内に地球にしているからだ。
自分の所属を、民族、信仰、国籍、そして星すらも、あらゆる共通項を超えたところに持っていくと、みんな仲良くできるかもしれない。

進化の過程と人間の成長

小学校5年生の理科で習う。
精子と卵子が結びついて受精卵になる。受精卵は時とともに育って赤ちゃんになる
赤ちゃんになる前、赤ちゃんは魚のような形になる。魚から順に両生類、爬虫類、鳥類と形を変えていき、人間のような形になる。その時には尻尾も生えている。
これは、生命が進化してきた過去を再現しているのではないか。
というより、お腹の中で進化していると言い換えたほうが正しいのではないか。
そもそも原始の生命は単細胞生物で、その目的に応じて自分の複製を作り出してきた。タスクに分けてコピーの繰り返しだ。
こう考えると、地球の生命体は全て同じ祖から発生したバリエーションの1つだと言える。我々が最も進化した万物の霊長とは言えないのではないだろうか。
陸上の、この地で生きるというタスク分けてコピーされたうちの1つに過ぎない。

話を戻す。
お腹から産まれた人間は人類の歴史を再現していく。
小さい子を男の子と女の子に分けて遊ばせる。そうすると、大抵の場合男の子は戦いごっこをして、女の子はままごとをする。これは、原始人の生活様式だ。
オスは狩猟をし、メスは洞窟で子育てをする。力の強いものが、リーダーとなると
。同じだ。
子供たちのありようは、成長するにつれて、時代の流れを再現するかのように変わっていく。
成長した我々大人は、何時代なのだろう。
プロフィール

Yuki

Author:Yuki
I have seen many things at many places.
I would like to share my memories,ideas and feelings.
I’m glad to share it with you.

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